照ノ富士の膝サポーターには何が入ってる?メーカーや器具の効果とwikiプロフィール

照ノ富士の膝サポーターが気になる

2021年7月名古屋場所で照ノ富士は連勝が続いていて横綱白鵬との優勝争いで目が話せない日が続いています。

現在の照ノ富士はどの取組もどっしりとして落ち着いていて、足が前に出ていて勝ち方が横綱級ですので安心して見ていられます。

横綱になるためには白鵬との戦いに勝たなければならないでしょうが相撲ファンにとっては
手に汗握る相撲になるのは間違いないでしょう。

一つ気になるのは照ノ富士の膝につけているサポーターですが中には何が入ってるの?って思うほど

この写真のように出っ張っていますので調べてみたくなりました。

引用元:https://www.sponichi.co.jp

今後、照ノ富士が綱取りをかけてどのような相撲を見せてくれるのかも見逃せませんね。

照ノ富士の膝サポーターには何が入ってるのか?誰からアドバイスを受けて使うようになったのか?
中に入っている器具にはどんな特殊効果があるのか?

wikiプロフィールや持病からの復活劇について解説していきます。

照ノ富士の膝サポーターには何が入ってる?

不死身の力士と言われる照ノ富士はこれまでに膝の手術を3回も受けてきましたので膝の具合が現在どうなのかは応援するファンにとっては気になるところなのですが、いつも照ノ富士が装着している膝のサポーターが特殊な形で中にどんなものが入っているのか気になりますね。

本場所の土俵では見れない膝のサポーターの中身は特殊な黒い器具が入っていて稽古の時にはこのように黒いものが見ることができます。

このような器具が入っていたのですね。

引用元:https://www.sponichi.co.jp

照ノ富士のサポーターは安美錦の紹介?

照ノ富士が装着しているサポーターは同じ伊勢ケ浜部屋の安美錦(年寄 安治川)のサポーターとよく似ているのですが同じ相撲部屋の兄弟子の安美錦関の紹介なのでしょうか?

安美錦関はこのようにサポーターの効果を大絶賛しています。

「アキレス腱を切った後も相撲を取れたのは、このおかげ。あれからケガをしなくなった。出会っていなかったら、またケガをしていたかもしれない。今回のケガも、MRIを取ってみたら、サポーターのおかげで軽減していたみたい」

安美錦のサポーターは絵莉夫人の発案

安美錦も膝の怪我で苦しんでいたときに奥さんの絵莉夫人が「サポーターを作り変えてみれば?」と発案したのです。これは安美錦自身も気がつかなかったのでした。

早稲田大学法学部出身で英語に堪能な絵莉夫人が大柄のスポーツ選手が多いアメリカなら良いサポーターメーカーが有るはず!
と自力で探しだしたのでした。

膝サポーターのメーカーと器具の効果は

安美錦のサポーターは絵莉夫人がアメリカの医療器具メーカーを色々探して見つけることができたのですが
メーカーが日本シグマックスでサポーターの中に「ブレース」というカーボン製の器具を入れて膝を保護する特殊なサポーターでした。

引用元:https://www.nikkansports.com

安美錦はアキレス腱を切ったあとでも相撲が取れたのはこの「ブレース」のおかげだと大絶賛したのでした。

安美錦の装着方法は最初にサポーターをしてブレースという特殊器具をつけてから、またサポーターをするというもので日本相撲協会の使用許可も得ているものですので違反の心配もないのです。

器具(ブレース)の効果

日本シグマックスに特殊装具のブレースの効果について確認したところ、

整形外科の治療で使用される着脱可能な装具のことです。

基本的には肘や膝など関節が一方向にしか曲がらないよう(左右にぶれないよう)

患部の角度を固定し、負担を軽減させます。

サポーターより固定力が強く、靱帯損傷がひどい場合やアメリカンフットボール等

しっかり固定することが必要な場合に用いられます。

ということで膝を固定させて左右に揺れないように患部を安定させるこうかがあるのです。
サポーターだけと比べて遥かに回復が早いでしょう。

安美錦のサポーターがどのように照ノ富士に伝えられたのか想像できることは、
照ノ富士は安美錦が膝の怪我で苦しい経験をしていて米国製の特殊なサポーターをつけていたので照ノ富士が膝の手術をして怪我で困っていたときに安美錦から
紹介してもらっているのではないでしょうか?

写真でみるこの黒い器具が一緒でよく似ていますので、安美錦は照ノ富士が膝の手術をして怪我と戦っていたときに「使ってみないか?」と声をかけていたとも考えられますね。

そうだとしたら、頼りになる兄弟子のおかげで膝を守ってもらえているんですね。

ていうか絵莉婦人のおかげですね。

照ノ富士の驚異的な復活

照ノ富士は膝のけがで2018年6月に3回目の手術を受けて序二段まで陥落後
2020年1月場所に史上初の再度十両に奇跡の復活をしました!

照ノ富士は一時は序二段まで落ちて引退も考えていたのです。

糖尿病のほかにもC型肝炎、腎臓結石の内臓疾患を持ちながらも史上初という記録をいくつも保持しているのです。

そんな悪条件の中でも不屈の精神で見事な復活を成し遂げたのです。
特に筋肉のつくスピードがものすごく早く、伊勢ケ浜部屋のトレーナー、篠原毅郁(たけふみ)氏が語る特長は握力で「右は100キロ。1枚まわしでも“取れば勝つ”パワーを秘めているのです。

たとえ膝を痛めていても、この怪力で相手を投げ飛ばしてしまうのでしょう。

照ノ富士は2021年3月場所を関脇で幕内優勝し、5月場所から大関に復活してまたも優勝し、7月場所では横綱を目指して綱取りへの優勝をかけて戦っていますが宿敵は横綱白鵬でぜひとも白鵬を倒して優勝してほしいですね。

照ノ富士のこれまでの番付と本当の不調の理由

照ノ富士は初土俵時は 若三勝 由章という。

平成23年5月に初土俵を踏んでから序ノ口、序二段、三段目をわずか1場所でクリアした。
そして平成24年には幕下に進み、平成25年には新十両に昇進するというスピード出世を遂げている。

平成26年には幕内力士に昇格し、平成27年には小結を飛ばして、関脇、大関と幕内優勝と超スピード出世で輝かしい記録を残した。

平成27年夏場所には新入幕からわずか8場所での優勝
大関に昇格したのだが

「どんな大関になりたいか?」と質問された照ノ富士は、「どんな大関ではなく、上を目指していますから。」と答え横綱しか目指していない様子だった。

しかし2015年9月場所13日目の稀勢の里戦で寄り倒された時、右膝を負傷

ここからは番付が転げ落ちるように陥落していく。
綱取りはおろか相撲人生まで失いかけたのです。

快調に大関まで昇格していたところでまさかの急降下でこんな展開になるとはだれも
予想もできなかったでしょう。

相撲だけでなくアスリートというものは体が資本だということがよくわかります。

引用元:
https://search.yahoo.co.jp

初土俵から現在までの番付の変化

平成23年
2011年5月技量審査場所 – 初土俵
2011年7月場所 – 序ノ口
2011年9月場所 – 序二段
2011年11月場所 – 三段目

平成24年
2012年1月場所 – 幕下
平成25年
2013年9月場所 – 十両
平成26年
2014年3月場所 – 幕内

平成27年
2015年3月場所 – 新関脇(新三役)この時は小結を通り越しての昇格なのだ。
2015年7月場所 – 新大関

平成29年
2017年11月場所 – 関脇陥落
平成30年
2018年3月場所 – 十両陥落
2018年7月場所 – 幕下陥落
2018年11月場所 – 三段目陥落

平成31年
2019年3月場所 – 序二段陥落
2019年5月場所 – 三段目再昇進
2019年7月場所 – 幕下再昇進
令和2年
2020年1月場所 – 十両再昇進(関取復帰)
2020年7月場所 – 幕内再昇進
2020年11月場所 – 返り三役(新小結)
2021年5月場所 大関に昇進

不調の原因は持病の糖尿病などの内臓疾患

照ノ富士の言葉はこうでした.

「膝のケガとはうまく付き合っていたつもりですが、そこで糖尿病に罹ったり、C型肝炎にもなってしまった。あと腎臓結石も。

どうしても力が出ないんですよ。

普通、筋トレをやればやるほど筋肉が盛り上がっていくはずなのに、やればやるほどに疲れて筋肉が落ちる」

つまり、内臓疾患で苦しんでいたことが大きなダメージを受けた理由だったのです。
それもアルコールの量も相当多かったのでしょう。
大関から陥落が止まらず序二段まで落ちた

ひどいときは平成29年名古屋場所から、10場所中、9場所を休場したのです。

糖尿病など内臓疾患で筋力低下

照ノ富士の内臓疾患でC型肝炎や糖尿病になると
全身のだるさ、食欲不振などの症状が起きます。

糖尿病では高血糖の状態が特定のタンパク質に作用し、筋肉量を減少させる症状がおこることが神戸大学大学院医学研究科が発見している。

照ノ富士が筋トレしても筋肉が落ちていくと悩んでいた原因は
このような原因があったのです。

どん底の序二段からの史上初幕内復帰と優勝!

照ノ富士は一度は大関に昇格したもののひざのけがから大関を陥落して幕下のまで陥落し三段目、序二段まで番付を落として3回のひざの手術時は洋式トイレにも座れなかったので師匠に引退を願いに行くことが5~6回あったという。2019年の正月にはモンゴルに帰って仕事を探そうとしていたという。

序二段まで落ちたとき、お酒は浴びるように飲んでいたという照ノ富士、血糖値も
多いときは500もあったという。

内臓疾患の原因は照ノ富士のアルコールの飲みすぎもあるだろう。
でももう一度やってみようと思い、徐々に体を鍛えて三段目、幕下へと進み

体調も良くなって筋肉も少しづつ回復していったというからこの不屈の精神、
あきらめないど根性は素晴らしい。

奇跡の幕内優勝

2020年7月場所では幕内優勝を成し遂げた。十両以下に陥落してからの
復活しての幕内優勝は史上初のことで奇跡というしかないだろう。
痛みに苦しみながら忍耐力と辛抱強さは素晴らしいものを見せてくれた。

普通ならとっくに引退してしまっているだろう。
大関まで登りつけた力士が序二段にまで落ちるのも史上初

そしてまた、十両まで上がって新入幕したのも史上初
あとは大関に戻るだけ、ここまでの苦労と比べれば大関に戻ることは

そんなに難しいことはないだろうと私は思いますね。
2021年5月場所からは大関に返り咲いているんですから素晴らしいです。

wikiプロフィール


引用元:http://www.sumo.or.jp/ResultRikishiData/profile/3321/

照ノ富士が相撲を始めたきっかけは2007年に母親とたまたま日本に旅行に来た時に相撲関係者から声をかけられて相撲部屋の見学に行ったのが始まりだった。

17歳まではスポーツとは一切無関係な生活をしていて成績優秀で飛び級で技術大学に進学する予定だったというのだから驚きですね。

四股名 若三勝 由章 → 照ノ富士 春雄
フリガナ てるのふじ はるお
本名 ガントルガ・ガンエルデネ
生年月日 1991年11月29日
愛称 ガンエル、ガナ
出身 モンゴル人民共和国・ウランバートル
身長 192cm
体重 178kg
BMI 48.29
所属部屋 間垣部屋 → 伊勢ヶ濱部屋
得意技 右四つ・寄り
現在の番付 東小結
最高位 東大関
生涯戦歴 360勝224敗80休(57場所)
幕内戦歴 203勝156敗46休(27場所)
優勝 幕内最高優勝2回
初土俵 2011年5月技量審査場所
入幕 2014年3月場所
趣味 カラオケ

備考
史上初の大関経験者、幕内経験者、幕内最高優勝経験者の序二段からの三役復帰
2020年11月22日現在

復活できた理由は

照ノ富士はがどんどん成績を上げて勝ちまくり2020年11月場所の千秋楽では貴景勝には本割で勝ち優勝決定戦に持ち込んだ!

照ノ富士はまわしをとれば勝てたのかもしれないが優勝決定戦では貴景勝に押し込まれて負けたので優勝を逃したもののものすごい勢いで復活し絶好調といえる

でもここまで来れた本当の理由は相撲部屋の親方が6回くらい引退させてくれと願い出るが決して許してはくれなかった。
番付が落ちてもおかみさんが支えてくれるし付き人を免除してもらえたり、

大関時代の付き人していた子が「これはやっておきますよ」って
心をかけてくれて本当にうれしかった。

引用元:https://news.line.me/issue/oa-flash/6cfaab4efddf

だからこの人たちのためにも頑張ろうという心がわいてきたと
照ノ富士は答えている。

誰かに支えてもらって感謝ができたからこそ今の照ノ富士があるのではないかと思う。
大関に昇格したときは人の恩とか感謝とか強気だったので思いもしなかったので

膝のけがや内臓疾患で照ノ富士は大切なものを手に入れることができたと思うのです。

結婚の相手は

照ノ富士は大関時代の2015年 23歳のころモンゴルの女性と同棲していたらしいと週刊誌ではお台場を彼女とデートしていたところなのか掲載されていた!

今のところは彼女の情報や結婚相手のことなどの情報は見つかりません

現在は相撲のことに集中していると思うので横綱になるまでは親方やおかみさん周りの支えてくれた人たちに応援して良かったと思ってもらおうと稽古に励んでいるので結婚のことは一時停止かなあと思います。

まとめ

照ノ富士のサポーターは形状がよく似ていることから安美錦の紹介ではないでしょうか?
中に入っているブレースという器具は膝の曲がる方向を1方向にして膝をしっかりと安定させる効果があるのです。

照ノ富士は2021年5月には奇跡的に復活してひざのけがや持病の糖尿病やC型肝炎を克服して大関に返り咲きました。

糖尿病やC型肝炎の症状で筋力が衰えていたのですが現在は飲酒も控えて
稽古に打ち込んでいるので現在の体調を維持していけば横綱に昇進できますね。

2021年7月場所では綱取りをかけての3度めの幕内優勝ですね。
白鵬を倒して優勝してぜひ、横綱に昇格してほしいです。

現在、照ノ富士は29歳でいつ結婚してもおかしくないですが、
彼女や結婚の情報は調査しましたが現在はありませんでした。

見守っていきましょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。