NHKの朝の連ドラで2020年9月から新しくなります。

タイトルは「おちょやん」といって杉咲花(すぎさきはな)さんが主役を演じます。

ドラマ「おちょやん」のヒロイン竹井千代(たけいちよ)は女優の浪花千栄子(なにわちえこ)がモデルになっております。

竹井千代(浪花千栄子)は
大阪の南河内の家に生まれ、貧乏な家で育ったのですが、幼少の頃に母親を亡くしました。家族は父と弟の三人暮らしでした。

そんな貧乏の中から女優として成功し、昭和のお母さんとして当時は町中ホーロー看板で日本で知らない人はいないほど有名になりました。私もボンカレーの
看板は覚えています!

「おちょやん」は大女優になった浪花千栄子さんの生涯を紹介するドラマです!

おちょやんの放送期間
初回: 2020年9月28日
最終回: 2021年3月26日

ということでこの記事はおちょやんのモデルになった浪花千栄子さんのプロフィールや家族、女優活動など人生生涯について紹介します。

浪花千栄子のプロフィール

浪花千栄子さんの生い立ちや生年月日などの情報を紹介します。

生い立ち

浪花千栄子さんは鶏を飼っている家で育ちました!いわゆる養鶏業ですね。

しかし、お母さんが早く亡くなって家計が苦しかったから大阪の道頓堀の弁当屋さんに奉公に出されることになりました。

小学生の低学年の年齢で学校にも行けなくてとても辛い毎日だったことてしょう。
その後は京都で女給さんになり、働いてました。

プロフィール

本名:南口キクノ(なんこうきくの)

生年月日:1907(明治40)年11月19日

没年月日:1973(昭和48)年12月22日

出身地:大阪府南河内郡東板持町(現在の富田林市)

このように、家庭環境には決して恵まれたわけでなく、学校にも行けなくて読み書きにも苦労する浪花千栄子さんでした。

舞台や映画に出演するが

浪花千栄子さんは京都で働いているとき、知り合いに紹介してもらって舞台や映画にも関わるようになり、「香住千栄子(かすみちえこ)」の名前で映画の脇役に出るようになります。しかし、給料がまともにもらえなかったので映画界からは身を引きました。

女優の道を歩き始めて最初の挫折だったことてしょう。

結婚 旦那さんは?

浪花千栄子さんが23歳の1930(昭和5)年、2代目渋谷天外(しぶやてんがい)と曾我廼家十吾(そがのやじゅうご)たちは松竹新喜劇の前身である人情喜劇の劇団、「松竹家庭劇」を新しく築いて浪花千栄子もメンバーに加わり、喜劇女優として活躍します。

そうして、同じ昭和5年には喜劇役者でもある渋谷天外と結婚しました!

2人の間には子供は出来なかったようです

松竹新喜劇 誕生 その後離婚

昭和23年11月
浪花千栄子は終戦後地方巡業していたのだが、渋谷天外が率いる劇団すいと・ほーむと曾我廼家十吾たちの家庭劇と合併して新しく劇団「松竹新喜劇」を設立させました。この写真は創立当時の劇団メンバーです。

前列右から3人目が浪花さん

 

まさかの天外の浮気

これから、夫婦で新たな松竹新喜劇を育てていくはずだったのです。

ところが、渋谷天外は劇団の新人女優の 九重京子と浮気をして、九重との間に子どもが産まれてしまうのてした!

酷すぎる、なんていう男でしょうか!

このことで浪花千栄子は渋谷天外と離婚することになってしまいます。
結婚生活は18年でしたがどんな風だったのでしょう。

天外のことがものすごく憎くて庭石に名前を彫って足で踏んでいたといいます。

そんなことから、、浪花千栄子さんは、44歳の1951(昭和26)年、「松竹新喜劇」からも退団し、絶望のなか女優も辞めて行方不明になってしまいます。松竹新喜劇にはたった3年所属しただけでした。
これが2回目の挫折で一番大きな傷を心に残した大事件と思います。

おちょやんでは成田峻が旦那役になるらしいです!

アチャコ青春手帖で復活

一時は行方不明にもなっていた浪花さんですが、NHK大阪放送局のプロデューサー富久進次郎が浪花さんを探し出し、NHKが制作するラジオドラマ「アチャコ青春手帖」で、花菱アチャコ(はなびしあちゃこ)さんの母親役として女優復帰。
その後、1954(昭和29)年から1965(昭和40)年にかけて放送された長寿番組「お父さんはお人好し」で再び花菱アチャコさんと共演、子だくさんの母親を演じて人気となります。

ラジオドラマと同時進行で、たくさんのドラマや映画にも出演し、木下恵介(きのしたけいすけ)監督、小津安二郎(おづやすじろう)監督などの作品にも出演しています。

 

主な作品の中でも1953年

祇園囃子』(ぎおんばやし)ではブルーリボン賞の助演女優賞を受賞してからは有名監督の声がかかるようになり、

木下恵介監督の「夫婦善哉」

黒澤明監督の「蜘蛛巣城」

は人気作品となった。

夫婦善哉
「夫婦善哉(めおとぜんざい)」は、1955年公開の、豊田四郎(とよだしろう)監督の映画です。
大正から昭和にかけての大阪を舞台に、大店の道楽息子と売れっ子芸者の恋愛をユーモアたっぷりに描いています。
浪花さんは、この映画で森繁久彌(もりしげひさや)さんと共演しています。

蜘蛛巣城
「蜘蛛巣城(くものすじょう)」は1957年公開の黒澤明(くろさわあきら)監督の映画で、三船敏郎(みふねとしろう)さんが主演しています。
シェイクスピアの戯曲「マクベス」を下敷きに、能の様式美を取り入れて戦国時代を描いた映画で、後の映画にも大きな影響を与えた作品だと評価されています。
浪花さんは、物の怪の妖婆役で出演しています。

また、1965(昭和40)年には自叙伝「水のように」も出版しています。

1973(昭和48)年、消化管出血のため66歳でこの世を去ります。亡くなったあと、勲四等瑞宝章を受賞しています。

浪花千栄子さんは役柄も多彩で映画、舞台、ドラマと幅広い演技で観客を湧かせました。

有名CMやホーロー看板

浪花千栄子さんは本名が「なんこう きくの」ということで「軟膏、効くの」

大塚製薬のオロナイン軟膏のCMに出演して町中にホーロー看板も見られました。

子供はいない

浪花千栄子さんは渋谷天外と離婚したあと再婚することはなかったです。

子どもはいなかった?
調べてみたところ、浪花さんに実子がいるという情報はありませんでした。
京都の嵐山の旅館「竹生(ちくぶ)」を、養女と一緒に経営していた、ということなので、実の子どもはいなかったのかもしれません。

「おちょやん」では、ヒロインの結婚相手が鶴亀新喜劇の天海天海(あまみてんかい)と言う名前で登場しますが、2代目渋谷天外さんがモデルになっていそうですね。