戸谷公人が声優に移籍した本当の理由は?父親のアニメ作品を越えられるか?

はじめに

戸谷公人さんが俳優方声優に転向することになりました。
今までの経歴と今後の活動がどのように変わるのか楽しみです。

2年前の「ドリフェス!!」が惹かれたきっかけだそうですが具体的に

戸谷公人さんがドンなところに惹かれたのかとか、またいお父さんの戸谷公次さん
も声優だったそうなのでどんな作品だっのかも調べてみました。

プロフィールとアミューズ時代の作品

戸谷公人さんのプロフィール

氏名;戸谷公人

生年月日:1990年5月7日

出身地:東京都

身長:181センチcm

堀越学園卒業

職業:俳優、声優

活動開始は2007年デビューで主な作品は仮面ライダーです。

仮面ライダーディケイド(2009年3月 – 8月、テレビ朝日) – 海東大樹

仮面ライダーディエンド(声)

仮面ライダーG3-X(2代目 / 声) 役

侍戦隊シンケンジャー 第二十幕(2009年7月5日、テレビ朝日) – 海東大樹 役

などテレビドラマや映画にもイケメン俳優として多数出演しています。

以上が戸谷公人さんの14年間の経歴です。

所属事務所がアミューズから青ニプロダクションになります。

青二プロダクションとは

東京都南青山にある声優事務所のことで名前の由来は青山の2丁目にあったことから通称「青ニプロ」と呼ばれているのです。

 

声優に惹かれた理由とは

戸谷公人が初めて声優にチャレンジしたときの作品名が2年前の「ドリフィス」というアニメでした。

その時の感想を次のように答えています。

「今まで見た事の無かった景色、出会いがあり声優というお仕事に惹かれていきました」

戸谷公人のブログに書かれていたこととは

12月1日の戸谷公人のブログ内容には彼の本音が詳しく書かれてありました。

 

その中で2年半前からドリフェス!という自分の人生の中でとてもとても大切な作品と役に出会い声優という新しいジャンルに挑戦させて頂きました。

ドリフェス !がスタートしたその中で今まで見た事の無かった景色、出会いがあり声優というお仕事に惹かれていきました。

そして作品を作る向き合い方をスタッフの方々ファンの方々の愛から改めて学ばさせて頂き自分の中で声優というお仕事を本気でやりたいと思いました。

そして自分の中で1つの答えと夢が決まりました。

自分は表現する事が好きなんだという事。お芝居だけでなく歌、ダンス全てです。

夢は父が命を懸けてやっていたこの仕事を自分が父の想いも一緒に背負って頑張って行く事。

これが叶えられるのは声優というお仕事なのではないかという結論に自分の中で至り

相談して父が生前お世話になっていた青二プロダクションに移籍させて頂く事になりました。

また、新しい場所で1からチャレンジしていきます。もちろん舞台や映像のお仕事も引き続きしていきます。

これまでずっと応援してくださってる方々 そして新しく知ってくださる方々

最初はイバラの道かもしれないし周りに笑われるかもしれませんが

自分が新しいジャンルを作っていくつもりで全ての方々に感謝を忘れず

全てを懸けて頑張りますのでこれからもどうか応援よろしくお願い致します。

戸谷公人

 

 

ブログを拝見すると父と同じ道を歩むことが自分にできる最高の親孝行であると思っているのが伝わってきました。声優になりたかっ本当の理由は若くしてこの世を去った父親の仕事をしたかったのですね。

かっこいいですね。

お父さん戸谷公次も声優だった

戸谷公次さんは愛知県名古屋市出身で主に東映アニメーションやサンライズで
活躍していたのです。1974年「ゲッターロボ」でデビューし、1979年「サイボーグ009」

「宇宙海賊キャプテンハーロック」

主な作品は富野由悠季監督の「ガンダムシリーズ」 複数のキャラクタを一人で演じていました。

晩年はナレーターの仕事が多くこなしていましたが

2006年に急逝心不全で死亡。享年57歳

まとめ

戸谷公人さんはアミューズ時代に多くの経験を手に入れてこれからは父と同じ
声優の仕事で父である戸谷公次を目標に是非頑張っていただきたいですね。

そしていつかは一人で何役もこなさえるような声優になってお父さんを越える
ような声優になってお父さんを喜ばせてあげてほしいです。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

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