さくらももこの葬儀場と喪主は誰?急死の理由とちびまる子の今後の見通しは?

2018年8月15日にちびまる子ちゃんの作者さくらももこさんが乳がんで亡くなりました。

さくらももこさんの急死の訳や葬儀場や葬儀の喪主について、また今後のちびまる子ちゃんについて紹介します。
また、ちびまる子ちゃんの今後についても調べてみました。

さくらももこの死因は乳がん

さくらももこプロフィール

出身地:静岡県清水市

生年月日:1965年

漫画家デビューは1984年

1989年リボンの編集者と結婚

ちびまる子ちゃんが連載されたのは少女漫画のりぼんで1989年からでした。

 

1990年1月からアニメ化されてテレビの登場してからは子どもたちに大人気のアニメとして

エンディングテーマソング「おどるポンポコリン」が空前の大ヒットとなり、

ミリオンセラーとなりました。でも旦那の宮永正隆氏は女遊びが激しくて

家内に威張る亭主関白でしたし、漫画のことにもあれこれと口出しをするようになり、そんな旦那に耐えられなくなりついに離婚してしまうのでした。

次に再婚したのがイラストレーターの「うんのさしみ」さんです。

1994年には息子さんが誕生していて漫画の中では「さくらめろん」として登場していますね。

今回のさくらももこさんの訃報に対しさくらプロダクションからの公式の

発表内容はこちらです。

さくらももこは、平成30年8月15日午後8時29分、乳がんのため永眠いたしました。(享年53)

これまで温かい応援をして下さったファンの皆様、お世話になりました関係者の皆様に深く感謝致しますとともに、ここに謹んでご報告申し上げます。

さくらは1984年に漫画家としてデビュー。30周年を迎えた際、次のような言葉があります。

「30年間、良い事も大変な事もいっぱいありましたが、私は作家としてとても幸せな月日を送らせていただいています。感謝にたえません。」(『さくらももこの世界展』「デビュー30周年を迎えて」より抜粋)

作品を描けること、それを楽しんで頂けることをいつも感謝していました。

これからも皆様に楽しんで頂けることが、さくらももこと私達の願いであり喜びです。

なお、通夜・告別式は、ご遺族の意向により親族・近親者のみにより執り行われました。

さくらプロダクションスタッフ一同

 

 

 

さくらももこ

 

 

 

休止の理由は?

それにしても53歳という若さでシンでしまった理由は何だったのでしょうか?

通常、乳がんは早期発見できれば乳がんはきれいに取り除くことが可能できれいに治るはず。

さくらももこさんの場合このようなことになった原因は定期的な検診や自己管理が不十分であったため、脇の下のリンパ節や肺に転移してしまいがん細胞が拡散してしまったのだと横浜市の

福田医院の福田伴男院長は指摘しているのです。もっと早く見つかればこのように若くして亡くなることはなかったかと思うと惜しくて悔やまれますね。

乳がんは40代から50代に一番多く発症するし、進行が早いので要注意なんです。

告別式や葬儀場と喪主は

上記の発表内容からだと葬儀は近親者のみで葬儀場の説明や通夜と告別式は

身内だけで行うようなので葬儀場の案内はなさそうですね。

喪主は旦那さんのうんのさしみさんなのか息子さんなのかもわからないです。

櫻井キャスターもこのように訃報にコメントしています

 

またこのようなコメントも有りました

故郷清水をこよなく愛したももこさん

さくらももこさんは静岡県清水市の出身ということから清水の次郎長が大好きでした。

取材から執筆までのすべてを一人で行い、雑誌「富士山」を出版しています。

その後に「まるちゃん静岡音頭」も作っているのです。

 

 

 

ちびまる子の今後はどうなるの?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です