西城秀樹が死去した病院や葬儀場はどこ?喪主は誰でお別れの会はいつ?

西城秀樹の亡くなった病院は

西城秀樹は一世風靡した昭和の御三家の1人(郷ひろみ、野口五郎、西城秀樹)
でしたが、2003年に脳硬塞を発症して以来、右半身麻痺でリハビリをしながら
の毎日を過ごして、右半身麻痺でも元気な日々を過ごしていたがついに63歳と
いう若さでこの世を去っていかれました。

2018年5月16日午後11時53分
急性心不全で死去
横浜市内の病院でした。一説には昭和大学藤が丘病院とも言われております。

西城秀樹のプロフィール

本名:木本 龍雄(きもと たつお)
生年月日:1955年4月13日
出身地:広島県広島市
学歴:明治大学付属中野高等学校定時制卒業

西城秀樹のヒット曲

御三家と呼ばれていた時代1970年代、郷ひろみ、野口五郎

そして西城秀樹の人気はすごかったです。

1972年3月25日発売のシングル「恋する季節」で歌手デビュー

「傷だらけのローラ」「YOUNG MAN」などのヒット曲

はザ、ベストテンでは1位を独占していました。

西城秀樹の葬儀場はどこ

西城秀樹のお通夜と告別式は青山葬儀所でおこなわれます。

青山葬儀所

〒107-0062 東京都港区南青山2-33-20 指定管理者:日比谷花壇グループ

03-3401-36539時~17時半

 

 

 

青山葬儀場でお通夜:5月25日午後6時
      告別式:5月26日午前11時

西城秀樹の葬儀 喪主は誰

喪主は妻の美紀さんがされるのか、西城秀樹は4月25日に家族の前で倒れて病院で3週間入院してから一度も意識が戻らないまま5月16日に帰らぬ人となってしまったのですが奥さんやお子さんに見送られて幸せだったと語る美紀さんが喪主をされるはずです。西城秀樹より18歳年下の美紀さんは45歳です。

2001年5月に結婚して3人の子供がある。

男2人、女1人の子供を残して心残りだったでしょう。

 

西城秀樹のお別れの会の日時は

まだお通夜と告別式も済んでいないのでまだお別れの会の

日時は発表されてはいません。

西城秀樹の人気ドラマとCM

1974年1月16日 – 10月9日、ホームドラマ『寺内貫太郎一家』では
貫太郎役の小林亜星との親子喧嘩が見ものでした。

小林亜星に投げ飛ばされて本当に秀樹が骨折したり本気で大喧嘩を
してしまうこともあったのです。

初主演の松竹映画『愛と誠』は監督に直談判して決定しました。

ハウスバーモントカレーのCMは12年間も続いたのです。

まとめ

西城秀樹は昭和のアイドル御三家と呼ばれた時代の1人でした。
ヤングマンや傷だらけのローラは当時大流行しました。
阪神大震災の時のあとは被災地の皆さんを勇気づけて復興を
応援していました。
2003年に脳硬塞で倒れてからもリハビリに励んでいたが言語障害で
引退の危機も夫人の支えでボイストレーニングもしてついに発症後

3年で「めぐり逢い/Same old story 〜男の生き様〜」を発売した。
2011年脳硬塞の再発したあとも水中運動でリハビリを続けて
経つことは出来るようになれた。
この根性は見習わないといけないと思う。

どうか安らかに!

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